2009/12/03 (Thu) 恋事情

雑渡さんの嬉し恥ずかし恋愛事情告白です。キモー。

人は誰しも、自分にない物へ惹かれるらしい。あの子は、自分では到底出来ないであろう武術の腕を持つ友に酷く心惹かれるのだと呟いていた。
私はそんな彼の愚痴をフンフンなんて興味ありげな相槌を打って聞いた。
まあ、残念なことに、心惹かれるからなんだどうだという核心については聞き流している。なぜなら私は彼の睫毛が思ったより短いことに驚いて、その短い睫毛を見るのに夢中になっていたからである。
これは仕方のないことだから、ぜひ許してほしい。
その先の話は知らないが、彼が、だからといってその友に特別な感情を持ち合わせているかというと、そうでもないのだと言っていたのは、よく覚えている。彼の友が彼のできないことを出来ると同じように友が出来ぬことを彼は日々こなしているからだそうだ。
つまりはお互い様だと、そういう話である。
実に幼く単純で複雑そして怪奇な考えだと私はあの子を笑った。あの子も照れたように愛らしく笑った。
さて、なぜ急にこのような思い出話を始めたか。それは私があの子の愚痴を聞いた帰り、酷くあの子が愛しくなってしまったからである。
長くなるだろうが、今暫くご辛抱願いたい。
何故あの子の愚痴を聞いたことで愛しくなってしまったか。それはまた随分と短絡的なことだが、事細かに聞くと私のこの気持ちをご理解いただけるだろう。
私はあの日の帰り、木々の間を走り抜け、枝を飛び渡っていたのだが、浮かんでくるのはあの子の「自分と違う友に酷く心惹かれる」という呟きだった。
あの子が言ったのだ。自分にない物に対して心惹かれるものだと。だとすれば私があの子に対して持っているこの感情に説明がつく。私は彼のすべてに心惹かれているのだと。
今までどうしてあの子に特別な感情を持ち合わせているのか。私は手当てをしてくれたことに感銘を受けて特別視するようになったのだと思っていた。しかし違ったのだ。私はそんな彼の一部分ではなく、彼のすべて、存在に心惹かれていたのだ。
私は見た目こそこんな包帯だらけで実におどろおどろしい。そしてそんな私には優しさというものも思いやりというものも生憎持ち合わせていないのだ。持っているのはサバサバした感情に冷えた感覚しかない。
それとは違い、あの子はまるで女のように気が優しく、介抱する手は酷く心地よいのだ。顔立ちも整っているし、かといって弱々しく生きているかというと、そうではなく意地悪く人間の弱点をチクチク弄ることもある。そう、実に私なんかとは正反対の面白い子なのだ。愛らしいだろう？
あの子のすべてが私にない部分。そうすると、あの子の持論上、私はあの子の存在に対して酷く心惹かれているのだと。
まあ、つまりはこの一言が考え付かれ、私はあの子を愛しく思ったのだ。
ああ、あの子の持論で私のこの特異な感情を表現できるのだと。まるで彼が私のすべてを知り、すべての説明をしてくれるような気がしてくるのだ。そう考えると私は堪らなく快感を覚える。
ああ、まるであの子が私のよう。
さて、長く話したが結局はあの子が私の恋心の解明をしたことに感動し、この感情が以前よりずっと燃え上がったのだと、そういう話である。


「へえ、気持ちが悪いですね」


そういって随分と若い部下はお茶を啜った。