2010/07/08 (Thu) あいつが仏ならば

やっと書けた・・！
お腹すいた・・・。

酷い伊作に恋い焦がれた娘さんの噂話に仙蔵が辟易する話です。
ホント、それだけの話。


明日から仕事かー。

声を大にして言いたいことがある。
なあに、怖いことも難しいことも何にもない。
ただ、みんな勘違いしていることがあるから、それを正したいだけなのだ。
だから、聞いてくれ。



あいつは、善人なんかじゃない！



戦場で菩薩のような心やさしく美しい少年が居る。
そういう噂が立っているのだと、町の団子屋で看板娘から聞いた。
その娘はうっとりしながらこう私に言った。
「その方はどんなに酷い怪我をしていても決して見捨てず、厭な顔せず、いいえ、むしろ美しく優しい笑みを浮かべ手当てをしてくださるんですって！」
最後の方は興奮を抑えきれない様子だった。
素敵です、お優しく、そして知識教養もあって、尚且つ整った顔立ちだなんて！
私にはその娘の姿が滑稽でしかなかった。
見たことも無い噂の人物を自分好みに仕立て上げ、そして更に理想に理想を重ねて、歓喜する。素敵だ素敵だと胸を躍らせ空想上の人物に恋焦がれるのだ。
滑稽で無いというなら、何だというんだ？
適当な言葉があるのならば、どうか私に教えてほしい。
団子屋の娘はプンっと張った愛らしい頬を真っ赤に染めて「どうです？とても素敵だと思いませんか？」と私に同意を求めた。
アホか。
そう一言言ってやりたかったが、その娘の愛らしさと団子の美味さに免じて
「ああ、本当に居たら、仏の化身みたいだな」
と返事した。心やさしい自分に自分で鳥肌が立つ。

団子屋を後にした私は真っ直ぐ学園へと急いだ。
なにも用事がないところでブラブラ時間をつぶすのが大っきらいだからだ。
だから一刻も早く学園につきたかった。
今この時間が惜しいのだ。

学園に着いて私が真っ先に足を向けたのは保健室である。
何故か？
それは噂の人物に噂を教えてやろうと思ったからだ。
保健室の主、善法寺伊作に。
戸を引くと、案の定そこには包帯を一心に綺麗にまとめている伊作の姿があった。
私に気付くとにこっと笑い「おかえり仙蔵」と間抜けな声を出した。
こいつが例の戦場に現れる心やさしき美しい少年である。
私は先の滑稽な状況に顔がゆるむのを堪えつつ、伊作のそばへ座り事の次第を順序良く話した。
「お前は菩薩のようなのだと。戦場で手厚く治療を施してくれる、美しい少年、そう言われているぞ」
私は堪え切れず語尾は笑いまじりになった。そして今、声無く笑っている。
当の本人は「へえ」だの「ふうん」だの聞いてるんだか聞いてないんだかの声を漏らした。
薬の匂いがあたりへ広まる。
おそらくこれは痛み止め。頭痛薬としてたまに貰うから、この匂いはすぐにわかる。
「お前が菩薩なら、他の人類はみな神かそれと同等か、おそらく神格化された存在になってしまうな！ちゃんちゃらおかしいことだ！ははは！！」
私は一息で言い切り思いっきり笑った。
「そうだねー僕なんか優しくないもんねぇ」
伊作は決して顔を薬から離さず、そう呟いた。
私の笑いはだんだんと落ち着き、そして顔の緩みも楽になった。
「お前は、自分の悦びのためだけにしているのだものな。相手が生きようが死のうが関係ない。きっと、何もしない方が苦しまず、すぐ死ねる者も居た。治療しても絶対死ぬ、そんな者をいたずらに治療して少し生きながらえさせ、苦しい時間を作ってやる。お前は仏でも菩薩でも何でもない。ただの鬼だ。傷が酷ければ酷いほど興奮する。死人を見つけるや否や腹や頭をかっ開き中身を見るだけ見て放置する。優しい笑みなどではない、恍惚の表情だ。なんと醜い。あの噂を嬉しそうに話した娘には、珍しく同情した！」
この善法寺伊作という男は、言うならば悪人だ！
そこまで言いきると伊作は大きく笑った。


その通りだと。


もう一つ勘違いしてほしくないことがある。
私はこんな伊作が大好きなのだ。
きっと善意で治療を施していたら、大嫌いになっていただろう。