2009/09/01 (Tue) ああ愛しい！！

貴方のすべてを愛して差し上げましょう



注意）少しグロテスクです。

愛が重いのだと、言われ慣れた言葉で彼は僕を捨てた。
僕は全身全霊で彼を大事にしていた。ただそれだけだった。今までもそうだ。ずっとずっと。友人に「お前は愛が重いんだ」と言われ説教を食らったこともある。だけど。自分の何が重いのか、今だに僕は分からないままだ。そのまま、僕は彼に捨てられるのだった。



卒業後のことだ。卒業して、プロとして働き出して、半年。
やっと学生気分が抜けて仕事として割り切り彼は難なく人を殺めることができるようになった。
そんな彼に対抗するように、僕は町医者となり、消えかける命を救い続けた。来る日も来る日も病だ怪我だに治療をしていた。雑渡さんもまだたまに押しかけてきて治療をねだっていた。
そんな日々、忙しい中時間を作り、せっせと逢瀬をしていたのだが、何をどう間違えたか、彼は僕を厭うようになった。
鬱陶しい。
薬臭い。
終いにはお前と俺は敵だと罵られた。
僕は君にどう言われても構わないし、怒鳴られても罵られても叱咤されても、君ならうれしい。君が声帯を震わし舌をはじき空気とともに言葉を僕に浴びせる、其の後、取り返すかのように息を吸い込む、すうっと口腔内へ入り、口蓋垂を超えて気管を通り肺へ、横隔膜をぐいぐいと上下させるのだ。想像しただけで何とも言えない興奮が僕の中で沸き起こるのだと。
彼に伝えると彼は見たことも無い、まるで潰れたカエルを見るような眼で僕を見た。目の中のレンズが僕を映した。そこにいる僕は、恍惚の笑みを浮かべている。ああ。なんて綺麗な眼球なんだ！

そして、昨日、彼は僕をあっさりと捨てた。6年間共に居て、互いに助け合い時にはけんかして、泣きながら仲直りをした。切っても切れぬと思っていたのは僕だけのようだ。たった半年、そんな短い時間が6年という壁をぶち壊し、彼に決別を選ばせた。
他人に言わせれば、たったそれだけのことかもしれない。
しかし僕にとっては、まるで心臓の左心室だけを残しごっそりと心の蔵を持っていかれたような衝撃だった。
捨てないで、と女のようにすがることも。
なんでだ、と男らしく怒鳴りつけることも。
出来ないほどに胸がひどく痛んだのだった。
じゃあなと呟き踵を返す彼の背中は、以前見たものより、断然小さい。

その時、ふと思ったんだよ。
ああ、彼は変わってしまったんだと。
もちろん、筋肉がついた。表情が硬くなった、髪も伸びたし、以前よりずっと声が低い。
しかし、それよりも彼の中身、心が、変わってしまったのだ。
急に自分の体温がそげ落ちた。
寒くなり、寂しくなり、そしてかつての彼が恋しくてたまらなかった。
愛しい愛しい彼は、もう、居ない。


いや。


居る。


表情が変わろうとも、髪が変わろうとも、声が変わろうとも。
彼のもとは、変わっていないはずだ。
だってそれは感情なんかで移ろうものではないのだから。
彼を支えているそれは身長を伸ばし、長さは変化するものの、形は変わらない。
ああ、彼は骨になったのか。
彼の周りにいろんな彼じゃないものがくっついているんだ。
可哀そうに。可愛そうに。
すぐに、助けてあげるよ。



そして今、彼は身をそがれ彼自身の姿になっている。
愛しいあなた。やっと会えたね、久方ぶり！！




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伊作は相手が変わってしまうことを受け入れられず、
ああこれは彼じゃないのか、という結論に達します。
骨格は彼自身が持ち合わせていたものであるから彼自身、
身や心は変化してしまったから他人という基準に基づき、
彼自身に伊作は会いに行きました。
それが伊作にとって幸せなことで、ごく当り前なことなのです。